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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3958号 決定

債権者

岡田理子

(他二名)

右三名代理人弁護士

奥村秀二

(他二名)

債務者

株式会社日証

右代表者代表取締役

大塚泰正

右代理人弁護士

川見公直

浜田行正

主文

一  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者岡田理子に対し、平成七年八月から平成七年一一月まで毎月二〇日限り、一か月一〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債務者は、債権者春名ともみに対し、平成七年八月から平成七年一一月まで毎月二〇日限り、一か月一七万円の割合による金員を仮に支払え。

四  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

五  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、平成六年一一月から本案判決確定まで毎月二〇日限り、(一)債権者岡田理子(以下「債権者岡田」という)に対し一か月一九万九〇〇〇円の割合による金員、(二)債権者原純子(以下「債権者原」という)に対し一か月一八万四〇〇〇円の割合による金員、(三)債権者春名ともみ(以下「債権者春名」という)に対し一か月一七万円の割合による金員を仮に各支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実関係

1  債務者は、金融業等を営む資本金四五〇〇万円、従業員数一七四名(内勤社員九四名、営業社員五二名、その他二八名)を擁する株式会社であり、平成六年一〇月二七日、大阪地方裁判所に和議申請をした(以下「和議申請」という)。

2(一)  債権者岡田は、昭和五八年二月七日付けで、債務者に正社員として採用され、経理部に配属となり、平成四年一月、営業部に配属替えとなった。なお、同債権者は、本件解雇前の二か月間、一か月平均一九万九〇〇〇円の給与の支払を受けてきた。

(二)  債権者原は、昭和六三年四月一日付けで、債務者に正社員として採用され、試用期間の三か月間電算部に配属された後、審査部に配属となり、その後平成六年四月、開発部に配属替えとなった。なお、同債権者は、本件解雇前の三か月間、一か月平均一八万四〇〇〇円の給与の支払を受けてきた。

(三)  債権者春名は、平成三年三月一日付けで、債務者に正社員として採用され、開発部に配属となり、今日に至っている。なお、同債権者は、本件解雇前の二か月間、一か月平均一七万円の給与の支払を受けてきた。

3  債務者は、債権者らを含む全従業員(債務者が経営している駐車場の嘱託職員・パートの八名は除く)に対し、平成六年一〇月二七日、同月二八日付けで、解雇の意思表示(以下「本件解雇」という)をした。

4  その後、債務者は、解雇した従業員の中から、三八名を再雇用した(債務者が経営している駐車場の嘱託職員・パートの八名を加えると、四六名が雇用されることとなった)。

二  債権者らの主張

1  本件解雇は、実質上の整理解雇であるところ、必要な要件を充たしていないから、解雇権の濫用として無効である。すなわち、

(一) 債務者は、希望退職を募るなど整理解雇を回避するための努力をしていない。

(二) 債務者は、一旦全員を解雇した後、一部の者を再雇用したものであるところ、再雇用者の選定は恣意的なものであって、合理的基準に基づかないものである。

(三) 債務者には、正社員三二名(組織率三四パーセント)を擁する日証職員組合が存在していたが、債務者は、右組合と事前になんらの協議も行っていない。

2  保全の必要性は、以下のとおりである。

(一) 債権者岡田は、夫と二人の子(申立時五歳と〇歳)の四人家族であり、生計は、同債権者と夫の給与で維持されている。

(二) 債権者原は、夫と一人の子(申立時一歳)の三人家族であり、生計は、同債権者と夫の給与で維持されている。

(三) 債権者春名は、独身で、一人暮らしであり、生計は、同債権者の給与で維持されている。

(四) 債権者らが加入していた健康保険、厚生年金の資格を継続するためには、債権者らが債務者の従業員であることの地位の保全が必要である。

三  債務者の主張

1  本件解雇は、和議申請に伴い、倒産を回避すべくやむなくなされたものであり、整理解雇ではない。

2  しからずとしても、本件解雇は、人員整理の必要性に基づいて、解雇回避のための努力を尽くしたうえなされたものであるところ、再雇用は、合理的な基準に基づくものであって、いかなる意味においても有効である。

四  争点

1  本件解雇は有効か。(一)本件解雇の性質(整理解雇か)。(二)本件解雇は解雇権の濫用か。

2  保全の必要性。

第三判断

一  争点1(本件解雇の性質)について

1  疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨によると、本件解雇に至る経緯は、以下のとおりであると一応認められる。

(一) 債務者は、いわゆるバブル景気を背景に、商業手形の割引と並行して、株式担保融資に積極的に乗り出していたが、平成二年ころから、バブルの崩壊にともなう株価の下落により、経営の悪化をきたし、対策本部を設置して経営の合理化を進めてきた。

しかしながら、深刻な不況のため、債権の回収はいよいよ滞り、やむなく店舗数の縮小や従業員数の削減を図ったが、経営状況は好転せず、平成五年になると、銀行等への返済が月額四億三〇〇〇万円(利息分三億円・元本分約一億三〇〇〇万円)必要であったのに対し、顧客からの利息収入は月額二億円に過ぎなくなった。

(二) 債務者は、株式資産等を売却し、平成六年には、銀行等への返済を月額二億六〇〇〇万円(利息分一億三〇〇〇万円と元本分約一億三〇〇〇円)までに縮小したが、顧客からの利息収入は更に悪化し、月額一億五〇〇〇万円まで低下した。

(三) このため、債務者は、月額九〇〇〇万円の人件費・一般管理費の支払も加わって、資金繰に窮していたところ、平成六年八月、京浜テント製作所の倒産により、三五〇〇万円の不渡りを受け、更に、同年一〇月一八日、大口の取引先である大栄貿易公司の和議申請により五〇〇〇万円の手形の買戻しを銀行から迫られ、倒産の危機に陥った。

(四) そこで、債務者は、顧問弁護士の助言に従い、破産の申立てをなすべく準備を始めたが、同月二一日に開かれた取締役会において、「商手割引の日証」の暖簾に一縷の望みを託し、和議申請の途が選ばれた。

(五) 和議条件は、

(1) 和議債権者らは、申立人に対し、各和議債権中、利息・遅延損害金の全額及び元本額の六割六分を免除する。

(2) 申立人は、前項の免除を受けた元本残額について、平成一〇年三月三一日を第一回として、以降一年毎に第一〇回まで、それぞれその一〇分の一宛を支払う。

というものであった。

因みに、破産清算の場合、労働債権等の優先債権を控除すると、配当見込率は一四・四パーセントであった。

(六) 債務者は、和議申請をすると共に、全従業員に対し本件解雇をしたが、平成六年一一月七日付けで、解雇した従業員の中から一部の者を再雇用した。

2  以上の事実によると、本件解雇は、形式的には全員解雇であり、整理解雇ではないが、実質的にこれをみると、和議は会社の事業の存続を前提とするものであり、当然債務者は、本件解雇に際し、解雇した従業員の中から会社再建のために必要な人材を再雇用することにしていたものであって、その実質は整理解雇にほかならないから、本件解雇の有効性を論ずるに当たっては、整理解雇の要件が考慮されるべきである。

二  本件解雇の有効性について

1  人員整理の必要性について

疎明資料(書証略)及び前記認定事実によると、債務者は、倒産の危機に瀕しており、債務者が存続する術は、事業規模を大幅に縮小する(本社・東京支社・名古屋支社とし、従業員は五〇名程度とする)以外に残されておらず、早急に人員整理を行わなければならない状況にあったから、債務者において、債権者らを含む本件解雇を行うことはやむを得なかったと一応認められる。

2  解雇回避努力義務について

疎明資料(書証略)及び前記認定事実によると、債務者は、平成二年ころから、新規採用の抑制、希望退職者の募集、退職指導(いわゆる肩たたき)により、雇用調整を図るべく努力してきたものであって、平成元年には一七あった店舗を和議申請の直前には六店舗に縮小し、三五七名いた従業員を一七四名まで削減しているし、平成四年から六年までの間、三次にわたって役員報酬をカットするなど人件費の節減にも努めてきたものであって、人員整理に消極的な組合の対応(書証略)をも考え併せると、漫然と本件解雇を行ったものではなく、解雇回避の努力をしてきたものと一応認められる。なお、本件解雇に際し、希望退職者が募られていない点は一応問題であるが、人員整理に手間取っていると、和議債権者の協力を得られないところから、早急な人員整理を迫られていたものであり、また、後述のとおり、事業存続のために選び得る人材は質、量ともに限られていたから、希望退職を募らなかったからといって、そのこと故に本件解雇が無効であるとはいい難い。

3  解雇基準の合理性について

疎明資料(書証略)及び前記認定事実によると、債務者が和議条件を遂行するためには、本来の業務である手形割引業務に専念するとともに、延滞債権の回収に全力を投入する必要があったこと、そのための陣容は、最小の人数で最大の効果を挙げ得るものでなければならなったこと、したがって、再雇用されるべきものは十分な知識とともに、責任感が十分あり、同僚や上司の信望を有する者でなくてはならなかったことから、債務者は、「(1)延滞債権回収の任に当たり、回収に必要で管理業務に秀でた者、(2)商業手形割引、審査業務に精通した能力のある者、(3)コンピューター操作、プログラムの作成ができる者、(4)商業手形割引、商業手形収集、営業能力のある者、顧客をよく知っている者、(5)商業再手形割引してくれる顧客(いわゆる銀主)をもっている者、(6)社会保険業務手続、ワープロのできる者、事務能力のある者、(7)経理経験に秀で、事務処理能力のある者、金銭の取扱に慣れている者、(8)銀行、ノンバンク等に今まで当たり、先方の顔をよく知っている者、(9)統率力があり部下を指導でき、苦況に耐えられる者」であることを再雇用の基準においたものであるところ、一般的にみて、右の基準は十分な合理性を有しており、また、具体的適用に関しても、右基準に適った人選が行われたと一応認められる。

債権者らは、債務者の人選は役員や幹部社員を優先した恣意的なものであり、前記基準に依拠したものではない旨主張するが、全体的にみるとそのようにはいい難く、少なくとも債権者ら三名が所定の基準を充たしていなかったことは否定できない(債務者の平成七年一月二五日付主張書面三丁裏以下記載の再雇用の理由は一応説得力がある)。

4  手続の妥当性について

使用者は、特段の事情がない限り、労働組合または労働者に対し、解雇の必要性とその時期・規模・方法につき説明を行い、協議すべき信義則上の義務を負うものと解すべきところ、債務者は、時間的余裕がなく、取り付け騒ぎを招くおそれがあったため説明協議をなし得なかったものであって、手続上不備はなかった旨主張するが、本件解雇に至る経過に照らしても、右主張は採り得ない。和議債権者らの協力を取り付けるため、人員整理に手間取ることは許されなかったにせよ、和議申請後、速やかに説明協議を尽くし、その上で解雇の意思表示をすれば、和議手続の進行に支障はなかったと思われる(本件解雇と和議申請を同時に行う必要性はなかった)。取り付け騒ぎを招くおそれが増えたとも思われない。

なお、債務者は、本件解雇後、組合に対し必要な説明をしているし、本件審理の過程においても、債務者の選択がやむを得なかったものであることを十分明らかにしているが、前記のとおり、説明協議義務は使用者に課せられた重要な義務であり、結果的にみて本件解雇は避けられぬものであったにせよ、これらの事実をもって瑕疵が治癒されたとはいい難い。債務者は、解雇の遅れによる人件費の増大を危惧するが、それ故に全く抜き打ち的な解雇が是認されるわけではない。

5  そうすると、本件解雇は、整理解雇の四要件のうち、説明協議義務を尽くすことなくなされたものというべきであるから、無効というほかない。

三  保全の必要性について

1  地位の保全について

従業員たる地位の確認は、債権者らが加入していた健康保険・厚生年金の資格を継続するため必要であるから、保全の必要性がある。

2  賃金の仮払について

(一) 債権者岡田について

疎明資料(書証略)によると、(1)同債権者は、本件解雇前の二か月間、月額平均一九万九〇〇〇円の給与の支払を受けてきたものであるが、夫と二人の子(申立時五歳と〇歳)の四人家族であり、生計は、同債権者と夫の給与で維持されてきたものであるところ、(2)同債権者の夫は、工場勤務をしており、ボーナスを除いても、月額一八万円を下らぬ収入を得ているものと一応認められるから、同債権者の従前の生活を維持するためには、毎月一〇万円の賃金仮払が必要であり、その期間は、平成七年八月から一一月までの三か月間とするのが相当である(本件解雇は、説明協議は欠くものの、他の点において整理解雇の要件を充たしており、雇用契約の存続につき極めて不安定な要素があるから、右期間は、三か月間とした)。

なお、過去分の賃金の請求は、疎明資料(書証略)によると、同債権者の生計は、貯蓄等によって賄われてきたものと一応認められるから、保全の必要性に欠け、理由がない。

(二) 債権者原について

疎明資料(書証略)によると、(1)同債権者は、本件解雇前の三か月間、月額平均一八万四〇〇〇円の給与の支払を受けてきたものであるが、夫と一人の子(申立時一歳)の三人家族であり、生計は、同債権者と夫の給与で維持されてきたものであるところ、(2)同債権者の夫は、勤務医であり、ボーナスを除いても、手取りで月額三三万円を下らぬ収入を得ているものと一応認められるから、賃金仮払の請求は、保全の必要性に欠け、理由がない。

(三) 債権者春名について

疎明資料(書証略)によると、同債権者は、本件解雇前の三か月間、月額平均一七万円の給与の支払を受けてきたものであるところ、独身で、一人暮らしであり、生計は、同債権者の給与で維持されてきたものと一応認められるから、毎月一七万円の賃金仮払が必要であり、その期間は、平成七年八月から一一月までの三か月間とするのが相当である(右期間を三か月間に限定したのは、債権者岡田について述べたとおりである)。

なお、過去分の賃金の請求は、疎明資料(書証略)によると、同債権者の生計は、貯蓄等によって賄われてきたものと一応認められるから、保全の必要性に欠け、理由がない。

四  結語

以上検討したところによると、本件申立ては主文掲記の限度で理由があるから右の限度でこれを認容し(事案の性質上無担保とする)、その余は理由がないからこれを却下することとする。

(裁判官 佐藤嘉彦)

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